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ある日の動物病院 「あそこの病院はヤブなのよ!」 獣医師 小山


ここはH動物病院。今日の最初の患者さんは新患さんである。どうやら他の病院で診てもらっていたが治らないので、当院にいらしたようだ。
飼い主さんは50代の女性のOさん、患者さんはネコのBちゃんである。
数日前から元気と食欲がなくなり、抱こうとすると嫌がるとのこと。今までかかっていた病院でははっきりとした原因がわからず、一向に良くならないらしい。

獣医師のK先生は診察を始めた。視診・聴診では特に異常はなかったが、体温がやや高めの39.8℃。しかし病院に連れて来られる途中、興奮してずっと鳴いていたというのを考えると、そのぐらいの体温の上昇はよくあることだ。
次に触診へと移った。1.幸い触らせてくれるネコちゃんで、K先生はほっとする。念入りに触診を続けていると、左の後ろ足を触った時にBちゃんが少しビクッとするのに気付いた。
(何かあるな。)そこでK先生はBちゃんの後ろ足をよりじっくり触ってみた。少し腫れているように思える。次に毛をかき分けてみると、皮膚に極小さい穴が開いているのが見つかった。その穴の周囲を指で押してみると、穴から膿み混じりの漿液(しょうえき)が滲み出してきた。

「これはおそらくネコ同士のケンカによる傷ですね。」とK先生は言った。そしてその皮膚の穴とちょうど裏側に位置する部分にもう一つの穴を見つけた先生は、Oさんに説明した。2.この位置にこうして穴が2つあるというのは、他のネコに咬みつかれた牙の痕なんですよ。

Bちゃんは毎日外の散歩を欠かさないそうで、その時にケンカになったのだろう。K先生は傷を3.水道水で洗い、抗生剤の注射をした。
傷は今のところ極小さい皮膚の穴だけなので、4.膿みが出やすいように包帯などは敢えてせずに、そのままにした。幸いBちゃんの傷はすぐに良くなり、元気と食欲も復活した。

すっかり良くなったので、K先生は通院終了の旨をOさんに伝えた。Oさんは、「先生はすぐにうちの子の怪我を見つけてくれたけど、前の病院の先生なんて何もわからなかったのよ!全く、あそこの病院はヤブなんだから!!」と、前の病院に対する不満をぶちまけた。

しかしこの場合、前の病院が悪いかというと、そうともいえないのである。
ネコの歯は小さくて鋭いので、咬まれてすぐは痕がよくわからない事が多い。また受傷してすぐだと、患部の腫れもないことがあるので、本当にわからないのだ。K先生は、「今回は日が少し経ってから当院に来られたので、膿んだ患部に気付く事が出来ただけですよ。もしうちに最初に来院していたらおそらく分からなったでしょう」とOさんに言った。それでもなおOさんの前の病院に対する不信感は無くならないようで、待合室で他の飼い主さんに、「前行ってた病院はヤブだったけど、ここはとっても腕のいい先生よ!」と話していた。
それを聞いて苦笑するK先生。
5.(うちもどこかの病院の待合室で、同じように言われていることも多々あるんだろうなあ)。

6.“最初の医者はヤブ医者で、2番目の医者は腕利きの医者”。どこかで聞いた言葉を思い出し、つくづく医療の難しさを感じるK先生なのであった。


POINT
1.動物の診察は大変です。大人しくて触らせてくれる子はいいのですが、協力的でない子はじっくり診てあげられないことも多く、その為診断につながらないこともあります。犬の場合、よほど大きくて力の強い子以外は咬めないようにさえすればなんとかなりますが、猫はそうもいきません。口と手、足が出てくる上に、アクロバティックな体制での攻撃も可能なので、手強いです。時にはケージから出せないことも多々あります。病院が苦手な猫ちゃんを連れて行く場合には、洗濯に使うネットに入れてきてもらえると助かります。

2.猫ちゃんのケンカ傷は本当にみつけにくいです。外出する猫ちゃんの様子がおかしい時(食欲がない、じっとしている、触ると嫌がる)は、可能なら全身くまなくチェックしてみて下さい。咬まれた痕は殆どの場合、相対する部分に同じような傷があります(要するに上下の犬歯の痕が残るわけです)。

3.最近の傷の治療は消毒薬を使わない方がいいという説が有力です。消毒薬は、傷を治そうとする正常な細胞までやっつけてしまうからです。また、いくら消毒しても細菌を全て取り除くことは出来ない為、汚れや古い細胞を洗い流すだけでいいのです。その点水道水は優秀です。生体に対して侵襲もないし、飲めるほどきれい、またどこにでもあります。我が子が怪我をして自宅で応急処置をする時は、まず水道水で洗い流しましょう。

4.傷の治療をすると、よく飼い主さんから包帯を巻かなくてもいいのかと聞かれる事があります。傷がむき出しというのは気になりますよね。でも膿みが出ている時は、逆に開放しておく方がいいのです。軽い傷ならそのままで治ります。ひどい傷の場合は、膿みが出なくなったら、ドレッシング材という、傷を乾かさずに治りを早めるシートを巻いて、包帯をすることもあります。

5.時々、他の病院を非難される飼い主さんにお会いすることがあります。そういう時、獣医師は自身の診察を省みる者が多いです。自分もこうしてどこか違う病院で非難されていることもあるだろうなと思うのです。他院に移ってしまった患者さんとはもう話が出来ません。例え誤解であっても弁解も説明も出来ないのです。一つ一つの診察を大事にしなくてはと、身が引き締まる瞬間です。

6.病気や怪我の中には、すぐに特徴的な症状が出ずに、診断に苦労させられるものがあります。最初に診察に当たった獣医師は、色々手を尽くしますが、その時点ではわからず、時間が経ってからわかることも多いのです。また、二番目に診察した獣医師は、最初の先生がどのような治療や検査をしたか、薬は何を使ったかという情報がある場合も多く、診断しやすくなります。本当に能力不足で診断出来ない獣医師は論外ですが、こういうケースはよくあることなので、治らないからといって安易にヤブだと決めつけないで頂けると病院側も助かります。やはり獣医師と飼い主さんのコミュニケーションが大事なんですね。

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2011.04.20 09:00
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